準結晶における磁気ダイナミクスの解明
― 準結晶における非相反磁気励起と近似結晶における非相反マグノンも発見 ―
国立大学法人九州工業大学大学院工学研究院基礎科学研究系の渡辺真仁教授が研究代表者を務める固体物性理論研究室は、準結晶*1における強磁性秩序相*2における磁気ダイナミクスを理論的に解明しました。また、準結晶における非相反磁気励起を発見し、近似結晶*3における非相反マグノン*4も発見しました。この発見は、物性物理学における重要な研究成果であり、今後さらに研究が進展することで物質の新機能の開拓につながることも期待されます。
ポイント
- 3次元準結晶の強磁性秩序相における磁気ダイナミクスを世界で初めて理論的に解明
- 準結晶における非相反磁気励起を世界で初めて発見
- 近似結晶における非相反マグノンを世界で初めて発見
鉄の磁石が示す強磁性のように、電子の磁気モーメントが結晶全体にわたって秩序化する磁気長距離秩序が形成されることは周期結晶ではよく知られています。磁気秩序相における励起状態はマグノンとよばれる量子化された波として振る舞うこともよく知られています。しかしながら、周期性をもたない原子配列をもつ3次元準結晶において磁気長距離秩序が存在するか否かは長い間未解明であり、どのような磁気励起を示すかはよくわかっていませんでした。このような中、2021年に希土類原子のテルビウムを含む準結晶において強磁性長距離秩序が実験により発見され、図(a)のような磁気構造が理論計算により示されました。
本研究では、図(a)の強磁性秩序について理論計算を行った結果、図(b)のように波数*5(横軸)-エネルギー(縦軸)空間において磁気励起を初めて明らかにしました。この磁気励起は波の進行方向を逆にするとエネルギーが異なる、非相反磁気励起を示すことも見出しました。興味深いことに、図(c)に示すように、図(b)の磁気励起は1/1近似結晶におけるマグノンの励起エネルギーの波数依存性と対応していることもわかりました。さらに、図(c)のマグノン励起エネルギー(オレンジ色の実線)とその逆方向の波数の励起エネルギー(青色の破線)は異なることを見出しました。すなわち、このマグノンは伝搬する方向によってエネルギーが異なる非相反性をもつこともわかりました。
この発見は、3次元準結晶の物性の研究にブレイクスルーをもたらすものと期待されます。特に、本研究により理論的に示された磁気ダイナミクスを実験により観測する研究の進展が期待されます。今後、準結晶の磁性およびダイナミクスの研究が活発に行われ、新しい磁性や磁気ダイナミクスの解明、ならびに物質の新機能の開拓につながることも期待されます。
なお、この研究成果は、2022年6月25日(土)午前2時(日本時間)に英国の科学オープンアクセス誌「Scientific Reports(Springer Nature社)」に掲載されました。
【用語説明】
※1 準結晶:周期結晶では許されない回転対称性をもつ結晶構造をもつ。準結晶は1984年にイスラエルの金属学者であるダニエル・シェヒトマンにより発見され、同氏はこの功績によりノーベル化学賞(2011年)を受賞している。
※2 強磁性秩序:電子の磁気モーメントがある方向に揃って結晶全体にわたって一様に秩序化した状態。
※3 近似結晶:準結晶と共通の局所原子配置をもち、周期性を持つ固体を近似結晶とよぶ。1/1近似結晶、2/1近似結晶、…のように近似度m/nに応じてm/n近似結晶が定義される(m、nはフィボナッチ数)。
※4 マグノン:希土類原子の磁気モーメントは量子化された4f電子のスピンと軌道角運動量の合成角運動量から成る。磁気モーメントが秩序状態から揺らぎながら空間的に伝搬し、波として振る舞う量子をマグノンとよぶ。
※5 波数:単位長さあたりの波の個数を表す物理量。量子力学におけるプランク定数と波数の積は運動量である。図(b)と図(c)の横軸は波数をベクトル表示した波数ベクトルqで、図(c)の挿入図のΓ→H→N→P→Γ→Nの経路におけるqを示す。
■ 論文の詳細情報
論文タイトル | “Magnetic dynamics of ferromagnetic long range order in icosahedral quasicrystal” |
著者 | Shinji Watanabe |
雑誌名 | Scientific Reports |
DOI | 10.1038/s41598-022-14796-5 |
※ 本研究は JSPS科研費18K03542, 19H00648, 22H04597, 22H01170 の助成を受けたものです。
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