Al-Ti合金において高温超伝導状態の創出に成功
― 機械学習による“探索指針の提案”と“超伝導組織の予測” ―
九州工業大学大学院工学研究院の美藤正樹教授が研究代表者を務める九州工業大学と九州大学の研究グループは、代表的な軽金属元素*1であるアルミニウム(Al)とチタン(Ti)、マグネシウム(Mg)の三元合金系において、従来よりも高い超伝導*2転移温度(超伝導になる温度)を有する超伝導状態を創出することに成功しました。これまでAl-Ti-Mgの三元系では超伝導転移温度が1.7Kを超える超伝導状態は見つかっていませんでしたが、本研究グループは機械学習*3による予測と「巨大ひずみ加工プロセス*4」と呼ばれる物質合成手法を用いることで、7Kを超える超伝導転移温度を実現しました。超伝導材料を実用化する上では超伝導転移温度が高いことに加えて線材化の容易さや軽量であること、更には安価であることがポイントで、今回の研究成果はこれまで注目されなかった合金分野での安価で線材化が容易な軽量超伝導材料の発展に寄与することが期待されます。なお、本研究成果は、2022年3月11日午前10時(米国東部標準時)に米国応用物理学会の学術誌「Journal of Applied Physics」にEditor's Pick論文として掲載されます。
ポイント
- 汎用軽金属材料の構成元素の御三家とも言えるAl、Ti、Mgの合金系において、これまで確認されていた超伝導転移温度を超える超伝導状態を発見した
- 機械学習によって探索指針を決め、巨大ひずみ加工による物質合成プロセスで新たな超伝導状態を実現するというこれまでにない研究手法を確立した
- 今回得られた新たな知見により、安価で線材化が容易な軽量超伝導材料の発展に寄与することが期待される
研究の背景
超伝導材料を実用化する上では、容易に線材にできること(つまり、線材化を容易とする弾性や変形強度を有していること)がポイントです。また、超伝導転移温度が高くて軽量であること、更には安価であることも重要で、これらの要件を満たす超伝導材料を創出することができれば、省エネルギー社会を実現するという目的の下、現代社会のインフラを一変させることが可能です。市場に広く流通している軽金属元素と言えばAlとTiとMgが代表的ですが、大気圧環境下ではAlが1.2K以下で超伝導になるもののTiは0.4K以下であり、Mgに至っては超伝導になりません。また、Al-Ti-Mgの三元系の状態図*5も調べられていますが、そもそも金属間化合物として安定に存在する組成は数種類に限られており、準安定相を含めても超伝導転移温度が1.7Kを超える超伝導状態はこれまで見つかっていませんでした。そこで我々は今回、機能性物質開発の新たな潮流になっていると言っても過言ではないビッグデータを用いた機械学習を、Al-Ti-Mgの三元系における超伝導状態の探索に活用しました。
研究の内容
まず我々は、“金属系超伝導体の組成と超伝導転移温度に関するビッグデータ”を基に、Al、Ti、Mgの三元系に対して超伝導転移温度を予測しました。その結果、機械学習は驚くべきことに10Kに迫る超伝導転移温度の出現を予測しました。そこで、従来の加熱溶解による試料合成は先人によって調べ尽くされていますので、今回我々は新たな手法として、巨大ひずみ加工による物質合成手法を用いて未知な構造での超伝導状態の発掘を試みました。これにより、本来は安定な金属間化合物とはならない組成を準安定化することに成功し、実用化への可能性を大いに秘める新たな超伝導状態(Al-Tiの組成比1:2の準安定相が7Kを超える超伝導転移温度を実現)を発掘することに成功しました。さらに、機械学習は、この準安定相には酸素が関与しておりMgは超伝導実現には不要であることも予測しました。これらの研究手法とそれによって得られた新しい知見は、全く新しい安価な超伝導材料の合成方法を提案するものであり、低炭素社会の実現に貢献する新技術として大いに期待されます。
今後の展開
本研究は、合金分野の超伝導体探索において、これまで用いられていなかった巨大(大量)ひずみの導入により未知の構造や組成を持つ超伝導物質を創出しようという新たなアプローチを用いた試みであり、実際に従来の溶融による合金作製では達成し得なかった状態を実現させることが出来ました。これは安価で線材化が容易な軽金属超伝導材料のブレイクスルーに発展し得る研究です。また、機械学習は高い超伝導転移温度を実現する素性としてAl-Tiの酸化物の可能性を指摘しており、わずかではありますが、実際に90Kを超える温度でも超伝導らしき信号が観測されました。これは系統的な研究から、酸素を吸着しやすいTi粉末にもともと含まれている微量のTi酸化物を種物質とする力学的合成方法がポイントになっているようです。今後は超伝導状態の体積分率を増やすことが課題ですが、今回の研究成果は、応用面での波及効果のみならず、銅(Cu)酸化物に匹敵する潜在性がTi酸化物にもあることを示唆するものであり、革新的な学術的新規性を秘めています。
*1 軽金属元素:周期律表には多くの軽金属元素が登場しますが、工業用に広く使用されている軽金属元素となると、Al、Ti、Mgが代表的な軽金属元素になります。
*2 超伝導:全ての電子の波動関数の位相が揃う位相秩序状態であり、永久電流や磁場排斥効果などの現実社会を大きく変換させ得る物理特性を発現する現象。
*3 機械学習:ビッグデータを用いた数値計算的研究手法。一見不規則と思われる物理現象に規則性を見出したり、過去の実験結果を学習させ機能性を発現する物質群を予測させたりすることができる。
*4 巨大ひずみ加工:金属などの結晶中に大量の格子欠陥(ひずみ)を変形・加工で導入し、物質の内部エネルギー高めるプロセス。バルク状試料では組織の超微細化とともに、異種の粉末原料を混ぜ合わせた固化成形や合成が可能となる。
*5 状態図:温度、圧力、組成などの状態量の指定された値における物質の安定な相や、また成分の組成などを示すので、合金などの研究において重要である。
■ 論文の詳細情報
タイトル | “Achieving Superconductivity with Higher Tc in Lightweight Al-Ti-Mg Alloys: Prediction using Machine Learning and Synthesis via High-Pressure Torsion Process” |
著者名 | Masaki Mito, Narimichi Mokutani, Hiroki Tsuji, Yongpeng Tang, Kaname Matsumoto, Mitsuhiro Murayama, and Zenji Horita |
雑誌 | Journal of Applied Physics |
DOI | 10.1063/5.0086694 |
※ 本研究は JSPS科研費JP19H00830、軽金属奨学会、九州工業大学研究力強化事業 の助成を受けたものです。
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九州工業大学 大学院工学研究院 教授 美藤 正樹
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E-mail: mitoh*mns.kyutech.ac.jp
九州大学 先導物質化学研究所 教授 村山 光宏
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