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細胞の直接変換過程をシミュレーションで再現 AIで細胞変換を誘導可能な低分子化合物を予測〜iPS細胞を介さない新たな再生医療の開拓へ〜

更新日:2026.05.18

細胞の直接変換過程をシミュレーションで再現
AIで細胞変換を誘導可能な低分子化合物を予測

~ iPS細胞を介さない新たな再生医療の開拓へ ~


国立大学法人九州工業大学 大学院情報工学研究院の濱野桃子准教授らの研究グループは、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院情報学研究科の山西芳裕教授との共同研究により、iPS細胞※1を介さずに、細胞を別の種類の細胞へ直接変換する「ダイレクトリプログラミング※2」を誘導する低分子化合物※3について、その最適な組み合わせを予測する新たな手法を開発しました。


発表のポイント

  • 体細胞を別の種類の細胞へと直接変換するダイレクトリプログラミングを誘導する低分子化合物を予測するAI技術を開発した。
  • 細胞の変換過程をシミュレーションで再現して初期、中期、後期の複数段階に分類し、それぞれの段階に適した低分子化合物の組み合わせを予測することに成功した。
  • 提案手法は、再生医療分野をはじめとする細胞治療のための細胞作製の効率化や安全性向上につながることが期待される。


本研究グループは、体細胞を別の種類の細胞へと直接変換するダイレクトリプログラミングを誘導する低分子化合物(薬剤や化学物質など)を予測するAI技術を開発しました。ダイレクトリプログラミングでは、安全性の高い低分子化合物によって細胞変換を誘導する手法の確立が強く求められています。そこで本提案手法では、細胞変換の段階ごとに必要な低分子化合物を簡便に予測可能なAI技術を開発しました。まず、1細胞レベルの遺伝子発現データからダイレクトリプログラミングの誘導過程をシミュレーションで再現しました。次いで、細胞が変換していく過程を初期、中期、後期のように分け、段階ごとに変化する遺伝子の発現パターンを調べることで細胞変換の動的な分子メカニズムを明らかにしました。最後に、段階ごとに変化する分子メカニズムを制御する低分子化合物の組み合わせを、最適化アルゴリズムで予測することに成功しました。提案手法により、ダイレクトリプログラミングを段階的に誘導する低分子化合物を簡便に予測できるようになり、今後の再生医療分野における細胞作製の効率化や安全性向上に繋がることが期待されます。


本研究成果は、2026年5月18日にCommunications Chemistryで公開されました。



■ 研究の背景と経緯


ダイレクトリプログラミングとは、iPS細胞のような未分化の細胞を介さずに、体の細胞を別の種類の細胞に直接変換する技術です。短期間で低コストに細胞を作製できることから、将来の再生医療を担う革新的な技術として期待されています。しかし、従来の方法は、転写因子をコードする遺伝子を元細胞に導入する方法で誘導されるため、遺伝子導入に起因する細胞のがん化のリスクがありました。発がんリスクを回避するため、低分子化合物(薬剤や化学物質など)を用いたダイレクトリプログラミングの手法が注目されています(図1)。

ダイレクトリプログラミングを誘導する低分子化合物の最適な組み合わせを実験的に同定するのは膨大な実験コストがかかり、極めて困難です。また、低分子化合物による誘導法は、転写因子の導入に比べて細胞変換効率が低いことから開発が遅れており、従来は転写因子を用いた手法が中心となって開発されてきました。そのため、近年蓄積されている生命科学ビッグデータを有効活用し、細胞変換の誘導過程を1細胞レベルで捉え、細胞変換の仕組みを制御する低分子化合物を同定する技術が切望されています。




図1:低分子化合物を用いて細胞を別の種類の細胞へと直接変換するダイレクトリプログラミング
(イラストの一部をTogoTVから引用)



■ 研究の内容


九州工業大学大学院情報工学研究院の濱野桃子准教授、伊藤綠風大学院生(当時)、川﨑瞭太大学院生(当時)、渡邉輝大学院生、松尾有紗大学院生らの研究グループは、名古屋大学大学院情報学研究科の山西芳裕教授との共同研究により、ダイレクトリプログラミングを誘導する低分子化合物を予測するAIモデルを開発しました。

本研究の提案手法では、まず、ダイレクトリプログラミングの誘導過程をシミュレーションにより再現しました。次いで、細胞が変換していく過程を初期、中期、後期のように段階を分け、段階ごとに変化する遺伝子発現パターンを調べることで細胞変換の動的な分子メカニズムを明らかにしました。最後に、段階ごとに変化する細胞変換の分子メカニズムを制御する低分子化合物の組み合わせを、最適化アルゴリズムで予測しました(図2)。




図2:ダイレクトリプログラミングを段階ごとに誘導する低分子化合物の組み合わせを予測する提案手法
ダイレクトリプログラミングが誘導される過程をシミュレーションした。細胞が変換していく過程を初期、中期、後期のように段階を分け、段階ごとに変化する遺伝子発現パターンを調べることで細胞変換の動的な分子メカニズムを明らかにした。最後に、段階ごとに変化する細胞変換の分子メカニズムを制御する化合物を、最適化アルゴリズムで細胞変換を誘導する低分子化合物の組み合わせとして予測した。



本手法では、ダイレクトリプログラミングの誘導過程を、1細胞レベルの遺伝子発現データを基にシミュレーションで再現し、個々の細胞の将来の状態を推定することができました。次いで、細胞が変換していく過程を初期、中期、後期のように段階を分け、段階ごとに変化する遺伝子発現パターンを調べました。その結果、多くの遺伝子が発現変化することが分かり(図3左)、初期〜中期の段階にはTGF-βシグナル経路や酸化的リン酸化に関わる遺伝子が、中期〜後期の段階にはMAPKシグナル経路やHippoシグナル経路、軸索ガイダンスに関わる遺伝子が多く含まれており、各段階における生物学的な分子メカニズムを明らかにすることができました(図3右)。




図3:シミュレーションにより推定されたダイレクトリプログラミング誘導過程の分子メカニズム
左のベン図は線維芽細胞から神経細胞への直接変換で発現変動する遺伝子数を、右は発現変動する遺伝子群の生物学的パスウェイを示す。水色は初期から中期の段階、紫色は中期から後期の段階を表す。



次いで、提案手法を用いて、線維芽細胞から神経細胞への直接変換を2段階で誘導する低分子化合物を予測しました。その結果、段階ごとに5つの化合物の組み合わせが予測されました(図4上部)。予測された化合物群には、実験的にダイレクトリプログラミングを誘導することが証明されている既知の化合物である、CHIR-99021、SB-203580などが含まれていました。提案手法によって、統計学的に有意に精度良く既知の化合物を再現できていることが分かりました。予測された化合物群の標的タンパク質のネットワーク解析により、初期〜中期の段階ではクロマチンリモデリングや転写活性化に関連する経路が、中期〜後期の段階では神経分化や成熟に関連するMAPKシグナル経路やGABA受容体サブユニットなどの生物学的パスウェイを制御することが明らかになりました(図4下部)。




図4:予測された化合物とそれら化合物群が制御する標的タンパク質のネットワーク
神経細胞を誘導すると予測された化合物群(上部)とそれらが作用するタンパク質のネットワーク(下部)。ダイレクトリプログラミングが誘導される際の各タンパク質の遺伝子発現レベルを円の色で示している。



■ 今後の展開


本研究では、ダイレクトリプログラミングを誘導する化合物の組み合わせを予測するAI技術を開発しました。提案手法は、細胞を変換させる化合物を多段階で誘導する方法を提案できる点が特長であり、また、1細胞レベルの細胞変換の分子メカニズムの変化に最適な化合物の組み合わせを最適化アルゴリズムで予測する先駆的な情報技術です。

本提案手法は、ダイレクトリプログラミングの過程を1細胞レベルの遺伝子発現データを基にシミュレーションできれば、神経細胞以外の細胞変換へ応用することができます。また、段階を経ながらダイレクトリプログラミングを誘導する実験方法と同じアプローチで化合物を予測することが可能です。このことから、本研究は再生医療における細胞治療法の開発への貢献につながることが期待されます。

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACT-X(JPMJAX24LD)「化合物による細胞リプログラミング制御法の開発」(研究代表者:濱野桃子)、公益財団法人大川情報通信基金「安価で安全な再生医療を拓く情報技術基盤の構築」(研究代表者:濱野桃子)、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)(JP21K18327)「AIによるデータ駆動型ダイレクトリプログラミングの創生と腫瘍化リスクの回避」(研究代表者:山西芳裕)、科学研究費助成事業・挑戦的研究(開拓)JSPS科研費(JP24K21338)「実験条件最適化AIによるデータ駆動型ケミカルリプログラミング技術の開発」(研究代表者:山西芳裕)の支援を受け行われました。



■ 発表雑誌


タイトル “Simulation-guided chemical direct reprogramming informed by temporal cellular conversion processes at the single-cell level”
著者名 Ito, R.†, Hamano, M.†, Kawasaki, R., Watanabe, H., Matsuo, A. and Yamanishi, Y. (†:筆頭著者)
雑 誌 「Communications Chemistry」(オンライン版:2026年5月18日)
D O I 10.1038/s42004-026-01991-y


■ 用語解説


※1 iPS細胞:
別名人工多能性幹細胞。皮膚や血液などの体細胞に誘導因子を導入することで様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力を獲得した細胞。

※2 ダイレクトリプログラミング:
細胞が筋肉や神経など特異的な形質を獲得するための鍵となる因子(転写因子や化合物)を作用させることで、体細胞から多能性幹細胞であるiPS細胞だけでなく、心筋、神経、肝細胞などのさまざまな種類の細胞へ直接誘導すること。

※3 低分子化合物:
生物活性を有する化学物質や薬剤のこと。特定の生体分子(タンパク質)を標的として、その機能を阻害もしくは活性化する分子標的薬を含む。



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【研究に関するお問い合わせ先】
 国立大学法人九州工業大学 大学院情報工学研究院 生命情報工学研究系
 准教授 濱野 桃子
 E-mail:momoko*bio.kyutech.ac.jp
 TEL:050-1738-7290
 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院情報学研究科
 教授 山西 芳裕
 E-mail:yamanishi*i.nagoya-u.ac.jp
 TEL:052-789-5638

【報道に関するお問い合わせ先】
 国立大学法人九州工業大学 管理本部 総務課 広報係
 E-mail:pr-kouhou*jimu.kyutech.ac.jp
 TEL:093-884-3007
 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 総務部広報課
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 国立研究開発法人 科学技術振興機構 広報課
 E-mail:jstkoho*jst.go.jp
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【JST事業に関するお問い合わせ】
 国立研究開発法人 科学技術振興機構
 戦略研究推進部 先進融合研究グルーフ゜
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 E-mail:act-x*jst.go.jp
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