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神経細胞の膜電位と細胞内カルシウムイオンの同時イメージングに成功 -膜電位と細胞内カルシウムイオンのコードする情報の違いを解明-

更新日:2024.09.20

神経細胞の膜電位と細胞内カルシウムイオンの同時イメージングに成功

― 膜電位と細胞内カルシウムイオンのコードする情報の違いを解明 ―

ポイント

  • 近年、神経細胞の活動は、膜電位(※1)の変化に続いて起こる、細胞内カルシウムイオン(※2)の変化を顕微鏡で観察されることが多くなっていました。しかし、生きている個体で測定することは困難であったので、膜電位変化と細胞内カルシウムイオン変化との関係は分かっていませんでした。
  • 本研究では、線虫C. elegans(※3)の感覚神経細胞をモデルとして、刺激に応じた神経細胞の活動を、顕微鏡によって膜電位の変化と細胞内カルシウムイオンの変化を生きたまま同時解析することに、世界で初めて成功しました。
  • 今後、神経回路における神経細胞の活動の理解に繋がることが期待されます。


■ 概要


神経細胞は、電気的な信号を流すことによって情報を伝達しています。これまで、電極を使った電気的信号の測定によって神経活動が解析されてきましたが、近年では緑色蛍光タンパク質(GFP)などを改良したカルシウムイオン感受性蛍光タンパク質(カルシウムイオンプローブGECI)(※4)を使ったカルシウムイメージング法が発達し、生きたままの個体で非侵襲に神経細胞の活動を測定できるようになりました。

このカルシウムイメージング法では、細胞内カルシウムイオン濃度の変化を測定しますが、これは電気的な信号の本体である膜電位の変化に起因します。したがって、細胞内カルシウムイオン濃度の変化が膜電位の情報をどのように反映しているかを理解することが、カルシウムイメージングによる神経活動の理解に必要です。

九州大学大学院理学研究院の石原健教授と九州工業大学大学院情報工学研究院の徳永旭将准教授らは、膜電位感受性蛍光タンパク質(膜電位プローブGEVI)(※5)とカルシウムイオン感受性蛍光タンパク質を同時にイメージングすることによって、線虫が生きたそのままの状態で膜電位とカルシウムイオンの同時測定に成功しました。線虫の嗅覚神経細胞AWAにおいて、この方法を用いて匂い物質に対する応答を測定し、膜電位変化と細胞内カルシウムイオン変化が異なる情報をコードしていることを世界で初めて明らかにしました。

この発見は、膜電位変化と細胞内カルシウムイオン変化の関係を生きたままの個体で初めて明らかにしたものであり、今後は高等動物の神経細胞における測定などへの応用が期待されています。
本研究は、Communications Biology誌に2024年9月16日(月)(日本時間)に掲載されました。



研究者からひとこと:
膜電位と細胞内カルシウムイオンの同時イメージングが可能になると、神経回路でのそれぞれの働きを区別して研究できるようになると考えています。この研究は、インフォマティクス研究者と実験研究者との共同研究で初めて可能になりました。


■ 研究の背景と経緯


動物は神経回路を通じて様々な情報処理を行っており、神経細胞は細胞膜の膜電位が変化することによって情報を伝えます。このため、神経活動を測定する際には、電極を用いて電気的な信号を測定することが一般的でした。しかし、最近では、神経細胞に緑色蛍光タンパク質(GFP)を改変したカルシウムイオン感受性蛍光タンパク質(GECI)を発現させ、その蛍光変化を顕微鏡で非侵襲(低侵襲)的に観察するカルシウムイメージング法が著しく発展しています。この方法により、単一の神経細胞から多数の神経細胞、さらにはモデル動物の全中枢神経系の同時測定が可能になっています。

一方、細胞内のカルシウムイオンの変化は膜電位の変化によって引き起こされる二次的な応答であるため、カルシウムイオンの変化から膜電位の変化を正しく推測できているかどうかは、これまでよくわかっていませんでした。ここ数年で、高速かつ高感度な膜電位感受性蛍光タンパク質(GEVI)が発展してきました。GEVIを用いることで、GECIと同じように非侵襲(低侵襲)で神経活動を観察できますが、高速で高感度なGEVIは蛍光が非常に暗いという特徴もあり、その利用が限られていました。

そこで、九州工業大学の徳永旭将准教授と九州大学の石原健教授は共同で、線虫の嗅覚神経における匂い物質への応答をモデルとして、GECIとGEVIを同時にイメージングすることに世界で初めて成功しました。これにより、匂い物質に対する膜電位変化を初めて測定しただけでなく、神経細胞の膜電位と細胞内カルシウムイオンとの関係を明らかにすることができました。


■ 研究の内容と成果


線虫C. elegansは、302個の神経細胞からなる神経回路の構造が解明されており、行動測定が容易であることから、神経科学のモデル動物の一つとされています。また、体が透明であるため、神経活動をカルシウムイメージングによって測定することが可能です。私たちは、線虫の嗅覚神経の一つであるAWAにおいて、カルシウムイオンプローブのGCaMP6fと膜電位プローブのpaQuasAr3を発現させました。この線虫を用いて、匂い物質であるジアセチルに対するAWAの膜電位と細胞内カルシウムイオンの応答を、顕微鏡を用いて測定しました。膜電位イメージングに用いるGEVIの蛍光は大変暗いので、レーザーを強く照射する必要があります。レーザーの強い照射によって発生する蛍光の退色を、特異スペクトル解析(SSA)に基づく方法により補正を行いました。SSAは非線形時系列解析分野で発展した手法です。近い手法としてウェーブレット解析がありますが、ウェーブレット解析ではウェーブレット関数と呼ばれる基底関数を事前に指定しないといけません。一方、SSAは特異値分解に基づきデータ駆動的に時系列波形を成分分離することができます。そのため、GEVIの光退色の傾向がはっきりしない状況下でも、柔軟性の高い光退色補正を行うことができます。これに加え、測定中の線虫の動きの補正も画像処理により行いました。その結果、膜電位は刺激直後に大きく脱分極し、刺激が続く間は半安定的に小さな脱分極状態を保つことが分かりました。このとき、刺激直後の脱分極の大きさは刺激の濃度によって変化しませんでした。一方、細胞内カルシウムイオン濃度の変化は刺激の濃度によって変化しました。具体的には、刺激の濃度を段階的に上昇させた場合、刺激濃度が上昇するタイミングで、膜電位に一定の脱分極(プラス方向への変化)が起こるのに対し、細胞内カルシウムイオン濃度は刺激濃度に比例して上昇しました。この結果から、膜電位変化と細胞内カルシウムイオン濃度変化は異なる情報をコードしていることが示され、神経活動の理解に新たな視点を提供するものとなりました。

次に、刺激に応答した膜電位変化や細胞内カルシウムイオン変化のメカニズムを明らかにするために、嗅覚応答に関わる変異体における同時イメージングを行いました。膜電位の変化は細胞内カルシウムイオンの変化に比べて速いため、4ミリ秒ごとに250Hzで測定しました。TRPチャネルであるOSM-9を欠損する変異体では、匂い刺激による膜電位応答も細胞内カルシウムイオン変化も観察されませんでした。次に、膜電位依存性カルシウムイオンチャネルEGL-19を欠損した変異体を解析したところ、匂い刺激開始直後の大きな脱分極が観察されなくなりましたが、半安定的な小さな脱分極は観察されました。一方、細胞内カルシウムイオンの変化はほとんど観察されませんでした。これらの結果から、匂い刺激によってOSM-9チャネルが働き、膜電位の変化によってEGL-19を介して細胞内カルシウムイオンが増加することが示唆されました。さらに、嗅覚応答に必要な3量体Gタンパク質αサブユニットの一つであるODR-3の変異体を解析しました。その結果、ODR-3変異体では、膜電位も細胞内カルシウムイオン濃度も、たとえ刺激がない状態でもランダムに変動していることが分かりました。これらの研究結果は、嗅覚応答における膜電位変化と細胞内カルシウムイオン濃度変化のメカニズムを明らかにする重要な知見を提供し、神経活動の理解に新たな展開をもたらすものです。


■ 今後の展開


近年、神経の活動測定には、非侵襲で測定しやすいカルシウムイメージングが多く使用されています。しかし、その基盤となる膜電位は電極を用いた測定が必要であり、用途が限られていました。本研究では、膜電位と細胞内カルシウムイオンの変化を世界で初めて同時に測定することに成功し、両者の関係を明らかにすることができました。この成果により、今後は高等動物を含めて、神経回路の働きを推定するために、その基盤となる膜電位の変化を解析することが重要であると考えられます。


■ 参考図



図1
膜電位と細胞内カルシウムイオンの同時イメージングによる測定。
刺激を段階的に変化させた際の、カルシウムイオンプローブと膜電位プローブの測定結果。
左側では段階的に刺激強度を強めています。カルシウムイオン濃度は、刺激の強さに応じて変化していますが、刺激変化直後の膜電位は同程度の変化量になっています。
右側では、段階的に刺激を弱めています。カルシウムイオン濃度は、徐々に下がっていますが、膜電位は、刺激濃度を変えたときには不連続に変化しています。
これらのことから、膜電位と細胞内カルシウムイオンは異なる情報を担っていることが分かりました。


■ 用語解説


(※1)膜電位:細胞は細胞膜で覆われている。この細胞膜の外側と内側の間には電位差があり、この電位差を膜電位という。神経細胞は、膜電位の変化によって、情報を伝えている。膜電位がプラス方向に変化することを脱分極、マイナス方向に変化することを過分極という。

(※2)細胞内カルシウムイオン:神経細胞が興奮(活性化)すると、膜電位変化に引き続いて、細胞内カルシウムイオン変化が起こる。細胞内カルシウムイオンは膜電位に比べて大きく変化する。カルシウムイメージングでは、この変化をカルシウムイオン感受性蛍光タンパク質によって測定する。

(※3)線虫C. elegans(学名 Caenorhabditis elegans):モデル動物の一つ。302個の神経細胞からなる神経回路の構造が明らかになっている。体が透明で、特定の神経細胞に蛍光タンパク質を発現させることによって、その細胞の膜電位や細胞内カルシウムイオン変化を測定することができる。

(*4)カルシウムイオンプローブ:カルシウムイオンの濃度が高くなると蛍光が強くなる。この研究では、緑色蛍光タンパク質を改変したGCaMP6fというプローブを使っている。

(*5)膜電位プローブ:膜電位プローブは、膜電位に応じて蛍光強度が変わる。この研究では、paQuasAr3という7回膜貫通型のプローブを使っている。


■ 謝辞


本研究はJSPS科研費 (JP19H03326, 25115009)、JSTさきがけ(JPMJPR1875)の助成を受けたものです。


■ 論文の詳細情報



タイトル “Mechanism of sensory perception unveiled by simultaneous measurement of membrane voltage and intracellular calcium.”
著者名 Tokunaga T, Sato N, Arai M, Nakamura T, Ishihara T
雑 誌 「Communications Biology」
D O I 10.1038/s42003-024-06778-2


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【研究内容に関するお問い合わせ先】
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 教授 石原 健(イシハラ タケシ)
 TEL:092-802-4281 FAX:092-802-4330
 E-mail:ishihara.takeshi.718*m.kyushu-u.ac.jp

 九州工業大学大学院情報工学研究院
 准教授 徳永 旭将(トクナガ テルマサ)
 TEL:0948-29-7921 FAX:093-884-3015
 E-mail:tokunaga*ai.kyutech.ac.jp

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